juraian’s blog

東アジア史、ナショナリズム、反日言説に関する個人研究

李弘揆『韓国人の起源』

이홍규『한국인의 기원 – 유전학・고고학・언어학・신화학으로 풀어 본 우리의 과고』우리역사연구재단, 2010.

「遺伝学・考古学・言語学社会学で解くわれわれの過去」という副題にあるように学際的な接近をめざした野心的な著書だが、社会学的知見は登場しない。社会科学では最後の方に体質人類学が登場するだけで、どうも社会学と社会科学の区別がついていないらしい。著者の이홍규(李弘揆)は出版時にソウル大学校名誉教授兼乙支大学校碩座教授だが、遺伝学者ではなく内分泌内科が専門らしい。

 第1章「人類の多地域起源説と考古学の話」、第2章「現生人類の登場と後期旧石器文化」、第3章「人類のアフリカ起源説と遺伝学の話」、第4章「分子時計」は考古学的知見の概説なので飛ばした。第5章「人類が持つミトコンドリアDNA遺伝型の分布」では、韓国人のミトコンドリアDNA分布は日本人と似ており、縄文人由来の遺伝子も含まれるとしている。また韓国に入った現生人類の第1、2波は南から海岸沿いに入ってきて、第3波は中央アジアとシベリアを経て北から入ってきたとする。

 第6章「人類のY染色体遺伝型分布」では、最初に東アジアに入ったY染色体遺伝型のD型は、第2波であるC1型によって周辺に追いやられ、アイヌ人や琉球人に残るだけとなった。そのC1型も第3波であるO型によって中国から追い出され、朝鮮・日本・シベリアに残るだけとなった。O型はバイカル湖付近で形成され、最終氷期が終わった旧石器時代末期に南下したと考えられている。

 第7章「常染色体型で見る世界の人の遺伝型:人間遺伝体の多様性の研究」では、韓国人と日本人のSNP(単一塩基多型)はほとんど同じだとしている。またツングース系民族の自称である「余震」「女真」はJoseon(朝鮮)に発音が近いとして、両者の近縁性をほのめかしている。第8章「ネアンデルタール人および直立人との混血と人類の多地域起源説」では、ヨーロッパ人にはネアンデルタール人由来の、東アジア人にはデニソワ人由来の遺伝子が多いとしている。第9章「神話と遺伝学:現生人類の誕生」では、ギリシャ神話でガイアがタイタン族を産む話は、ホモ・サピエンスの女がネアンデルタール人に拉致され混血児を産んだことを表すのだと解釈している。逆にモンゴル・チベット中央アジアに広く分布するゲセル神話は、ホモ・サピエンスネアンデルタール人の女を略奪したことを表すのだとしている。

 第10章「各民族の正体性と言語学の話」では、言語と遺伝子の関係を論じている。シナ・チベット語族、ミャオ・ヤオ語族、タイ・カダイ語族等は声調が語彙の意味の弁別機能を持つ語彙的声調言語を話す。李弘揆は、出アフリカ以前のホモ・サピエンスは声調言語を使っていたと主張する。そして出アフリカ後に中央アジアでデニソワ人由来のマイクロセファリンD型と呼ばれる遺伝型を獲得し、これが多い集団は非声調言語に移行したとしている。現在声調言語を使っている集団では、マイクロセファリンD型が40%未満の場合が多いという。

 第11章「東北亜の言語」では、紀元前6200年頃から遼河流域で農耕を行っていた遼河文明の担い手が、韓国語・日本語を含むアルタイ語族だったとする。そしてこの地域でアルタイ祖語からモンゴル・テュルク共通祖語、ツングース祖語、日韓共通祖語に分岐したと主張する。これはロベーツらのトランスユーラシア語仮説とほぼ同じで、まあ妥当なところだろう。しかし今は絶滅した夫餘語・高句麗語・百済語・沃沮語・濊語等を考慮していない点に不満が残る。

 

https://japan.hani.co.kr/arti/culture/41691.html

韓国語と日本語の起源、遊牧民ではなく遼河の農夫たちの言語 [ハンギョレ新聞 2021-11-13]

 

 第12章「体質人類学と韓国人の北方起源説」では、ヨーロッパ人に比べ筋肉量が少なく、歯が小さく、骨が細く、体格が小さく、脳の容量が大きく、頭蓋骨が広く、顔も平たく、目が飛び出たモンゴリアンの容貌はテオテニー(幼年化現象)の結果だとしている。一方、腫れぼったい瞼、白い皮膚、長い胴体に短い手足といった特徴は、寒さに適応して進化したという説もある。李弘揆は両者を折衷して、氷河期にバイカル湖付近で孤立した集団のうち寒さに適応した体質を持つ者が生き残り、西側の集団がヨーロッパ人の祖先になり、東側の集団はネオテニーを起こしてモンゴリアンになったと主張した。

 最終章の「結語:遼河文明と韓国人の起源」では、韓国人の起源を次のようにまとめている。

  4〜3.5万年前 中央アジア・シベリアで現生人類がデニソワ人と混血

  3.4〜2.2万年前 バイカル湖付近でネオトニーにより原モンゴリアンが出現

  1万年前 温暖化により原モンゴリアンが南下を開始

  8千年前 原モンゴリアンが遼河文明を営みながらアルタイ諸語に分岐

 李弘揆は原モンゴリアンはさらに南下して黄河文明の主力になったが、漢蔵語に乗り換えて民族的アイデンティティを失ったと主張した。その根拠はY染色体遺伝型O型の頻度らしい。しかしO型の民衆(トランスユーラシア語族)がC型の支配者(シナ・チベット語族)の言語に乗り換えたのだとしたら、前者が「主力」というのはどうかと思う。