
封建制(feudalism)とは地方領主が軍事権・司法権・立法権などを保持しながらも中央王権に従う緩い政治的連合体で、近代化直前まで西欧と日本で見られた。これに対し近代化直前の中国や朝鮮の政治体制は農業官僚制(agricultural bureaucracy)と呼ばれ、全国土は皇帝の所有となり、地方は中央から派遣された官僚が統治した。
封建制が近代化に寄与したとする代表的な論者は梅棹忠夫で、「文明の生態史観」で日欧が素早く近代化できたのは封建体制があったからで、専制君主制ではブルジョワ階級は成長しないと論じた。そして中国、インド、イラク、モンゴルにも封建制と呼ばれる現象が見られたが、それらはブルジョワ階級を育成し資本主義体制を準備した日欧の封建制とは別モノだったとした。
梅棹のように西欧と日本の共通点として封建制に注目した論者は多く、アイゼンシュタットによるとそこにはエミル・デュルケーム、マリオン・レヴィ、タルコット・パーソンズのような著名な社会学者も含まれる。鎌倉幕府によって封建制が出現した背景も、皇帝権威の失墜、帝政理念の継続、親族組織を含む部族制の解体といったもので、ヨーロッパと酷似していた。さらに黎明期→形成期→最盛期→絶対制期という展開もヨーロッパと似ていた。アジア・アフリカ諸国で日本だけが西欧の近代的諸制度を素早く導入できたが、それは日本が近代化以前にすでに西欧に似ていたためである。
日本に留学したり亡命したりで長く滞在した戴季陶は、日欧の類似性には触れなかったが、明治維新後の発展の基礎は封建時代に形成されたとした。諸藩は武力だけでなく文治においても熱心に競争した。江戸時代の武士道は生活的なうるおいに富んでおり、それが維新の原動力となり得た。一方で日本の封建制は周代の制度と同じで、武士以外は完全な人格を認められず、「穢多」「非人」という最下層は刀の試し切りに使われるなど非人間的な側面もあったとした。
ルース・ベネディクトは日欧の類似より差異を強調し、「罪の文化」と「恥の文化」を対比させた。しかしベネディクトは、日中間の差異も強調し、日本特殊論に傾いている。中国では「孝」が至高の価値だが、日本では「忠」の方が重視され、忠誠の対象は親族集団ではなく封建領主だった。日本は唐から文明を輸入する際、固有の階層的文化に適応させて取捨選択した。科挙や相続制度や世俗的皇帝の思想は捨てられた。江戸時代にはカスト制度が固定され、日常生活の様々な面に細かい規則が定められた。商人は封建制度の破壊者なので、幕府は実業界の勢力を削ぐことに苦心した。
フランシス・フクヤマは日本の高信頼社会と中国・韓国の低信頼社会を対比し、家族主義が強い社会では非家族との信頼関係が形成されにくいとした。特に中国では家族外では途端に信頼のレベルが低下する。中国系の企業は同族経営が多く、専門経営者の導入には消極的である。朝鮮も中国と同じく厳格な父系制で、孝が至高の価値とされ、家族に対する忠誠が最優先である。したがって巨大財閥も日本よりは中国に近い同族経営で、経営専門家による経営は少ない。一方、日本では封建時代初期から親族関係によらない家元集団のような組織が発達していた。武家支配が長く続いたため、封建的倫理規範が家族主義より上位に置かれた。明治維新後、藩に対する忠誠は企業に対する忠誠に置き換えられた。
速水融は分権化社会(decentralized society)という用語を使ったが、ヨーロッパでは8〜9世紀、日本では戦国時代に成立したとしており、政治体制を基準とする「封建社会」と同義ではない。速水は経済史における二つの発展経路として、分権化社会から市民革命を経て資本主義社会に至るⅠ型と、古代社会が化石化して植民地や社会主義に至る経路Ⅱを区別した。日欧の分権化社会では宗教と政治、政治と経済の分離が重要な特徴で、これが徹底され経済的行動が政治や宗教に妨害されない経済社会(economic society)は、日本では15〜16世紀に畿内周辺で形成され、江戸時代に全国に広がった。政治体制では戦国期が最もヨーロッパの封建制に似ていた。江戸時代の体制はヨーロッパの絶対王政と同じく封建制と見るのは難しいが、それでも集権的封建制と解体期封建制とか呼ばれる。
こうして西欧と日本だけが封建制(の名残り)が近代化直前まで続き、騎士道や武士道のような特異な戦士道徳が発達した。一方、宋代以後の中国では軍人の地位が低下し、兵士は人間のクズが就く職業とされた。文治主義とシビリアンコントロールが確立していた中国人から見れば、軍人が政治的権力を握る日本やヨーロッパは野蛮人の国だった。朝鮮も同じで、「両班」とは言うが武班の地位は文班よりずっと低かった。高麗後期(1170〜1270)に武臣政権が成立したことはあったが、李氏朝鮮を通じて武臣の政治的発言力はないに等しかった。
引用文献
梅棹忠夫『文明の生態史観ほか』中公クラシックス,2002(初出1957)
戴季陶『日本論』上海:民智書局,1928(市川宏訳『日本論』社会思想社,1972)
Ruth Benedict, The Chrysanthemum and Sword: Patterns of Japanese Culture, 1946(ルース・ベネディクト(長谷川松治訳)『菊と刀』社会思想社,1967)
N. Eisenstadt, Japanese Civilization: A Comparative View, 1996(S・N・アイゼンシュタット(梅津順一・柏岡富英訳)『日本:比較文明論的考察』岩波書店, 2004)
Francis Fukuyama, Trust: The Social Virtues and the Creation of Prosperity, 1995(フランシス・フクヤマ(加藤寛訳)『「信」無くば立たず』三笠書房,1996)
Akira Hayami, Japan's Industrious Revolution: Economic and Social Transformation in the Early Modern Period, Springer, 2015.