juraian’s blog

東アジア史、ナショナリズム、反日言説に関する個人研究

韓国における植民地近代化論の台頭 (1)

植民地近代化論以前の朝鮮経済史研究

 西洋式の実証主義的アプローチによる朝鮮史研究は日本人学者によって始められた。戦前の日本人による朝鮮史研究は「植民史観」と呼ばれ、韓国では蛇蝎の如く忌み嫌われている。経済史に関する「停滞性論」は代表的な植民史観のひとつで、福田徳三が「大韓帝国の経済組織と経済単位」(1904)で「20世紀初頭の朝鮮は日本で言えば9世紀末〜12世紀初頭に該当する」と主張したことに始まる。停滞性論は黒田巌・四方博・森谷克己らによって継承されるが、その核心は朝鮮史には封建制が欠如しており、その前段階である古代社会に停滞したというものだった。

 金完燮によると、封建社会が近代化に不可欠な準備段階だった理由は、経済主体の法的な義務と権利が重視され、近代的な法治主義が発展できたことによる。また封建領主は領土拡張より土地の所有と税の徴収に専念したため、商人と職人の活動範囲は専制国家におけるそれよりも広がった。このような法制度と経済活動の発達が相乗作用を起こし、近代的な商業社会が胎動した。

 

 

 独立後の南北朝鮮では、何としてでも植民史観を否定することが歴史学者に課せられた至上命令となった。停滞性論に対しては、1950年代後半に北朝鮮のマルクス主義経済学者らが「資本主義萌芽論」を唱え、李朝にも封建社会的な生産関係があったことを立証しようとした。권순홍によると、白南雲は新羅中代の禄邑制施行にともなう貴族の土地領有権拡大時に封建的私有地が生じたと主張した。李淸源は高麗末のモンゴル侵略後登場した権門勢族の大土地私有制を封建制と同一視した。

 しかし1960年代後半になると北朝鮮の萌芽論研究は急速に消えていった。金完燮によると、金日成の独裁体制が完成し、主体思想に立った歴史観がマルクス史観を駆逐したためだそうである。資本主義萌芽論は日本経由で韓国に伝わり、金容燮は李朝末期の「経営型富農」の研究を通じて潜在的な資本主義の萌芽を指摘した。しかし金完燮に言わせると、資本主義の萌芽が「なければならないから、必ずある」と信じて探す萌芽論は理論ともいえない低級で強引な主張で、エッカートも「オレンジ園でリンゴを探す無理な試み」と批判した。この有名な批判は、次のようなものである。

 

In the end one is forced to conclude that such scholars seem bent on a futile quest for apples in an orange grove. There is, of course, no way to prove decisively one way or the other whether Korea would have eventually produced an industrial revolution of its own. But why bother? From an historical perspective, the question of capitalist sprouts in the Yi dynasty is important only in so far as it affirms a particular Korean nationalist bias of limited interest to outsiders and ultimately of little relevance to Korean history. (Eckert, 1991, pp. 4-5)

結局、萌芽を唱える学者たちの努力は、オレンジの果樹園で夢中になってリンゴを探すのに似た空しいものである。朝鮮に独自の産業革命が起こっていたかどうかを証明する方法などありえない。それなのに、彼らはなぜそんなに自説に固執するのか。歴史的に見て、資本主義の萌芽が李朝にあったという事実が重要になるのは、偏狭なナショナリズムを正当化するときだけである。そのような偏狭な考え方が第三者の興味をそそるはずはなく、朝鮮の歴史ともほとんど関係がない。(小谷まさ代訳、26頁)

 

 

 このように独立後の南北朝鮮の経済史研究は反日民族主義による強烈なバイアスがかかっており、実証的・科学的とは言い難いものだった。状況が変わって来るのは、1990年代に植民地近代化論が台頭してからである。

 

引用文献

金完燮(荒木和宏・荒木信子訳)『親日派のための弁明』草思社,2002.

尹健次『現代韓国の思想:一九八〇~一九九〇年代』岩波書店,2000.

권순홍「아직도 역사학계가 친일로 보이나요?」한겨레21, 2017-08-29.

Carter J. Eckert, Offspring of Empire, The Koch'ang Kims and the Colonial Origins of Korean Capitalism 1876-1945,1991(カーター・J・エッカート(小谷まさ代訳)『日本帝国の申し子 高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源』草思社,2004)